
美容雑誌『美的』から。
美容エディター 松本千登世さん
「誰かと同じ」でなく、「誰とも違う」を楽しむことから始めてほしい。
その瞬間から、人は光を放ち始めます。
美的 2022.11月号
好きな顔 って少なからず誰しもあるのでは?
ここでの“好き”っていうのは恋愛対象ではなく、『 なりたい顔 』的なニュアンスで。
その“なりたい”を目指し、メイクやヘアスタイルみたいなワザでもって
なんとか目の錯覚を誘おうと頑張ったりするんだけど。
いくら目指したってその人にはなれない
どんだけメイクを頑張ろうが、まとまらない髪と格闘しようが、
「これでよしっ!完成!」と合格を出すのは自分なのよ。
人じゃなくて自分。
自分が自分の出来に納得するまでは支度を終われない。
少なくともわたしは。
そう。「なんか可愛いかも!」という自分のテンションの問題でしかない。
人から外見を褒められるのはもちろん嬉しいけど、自分が良いと思ったらそれで良いのだ。(と思えるようになりたい)
いくら頑張ったって憧れのその人になれることはないのだから。
時代が追いつくってあるよね
なかやまきんに君、昔からけっこう好き。
あの頃は理解してもらえなかったけど、最近はCMでもよく見るほどの人気。
本人のやってることは変わってないのに。
この現象、時代がきんに君に追いついたんだなぁと思っている。
これって、時代によって美しさの基準が変わっていくのにも似てる。
ぜんぜん違うけど、似てる。
そして、時代に翻弄されずに自分を持っている人って美しい。
自分が自分であることを受け入れ、そこに負い目なんか一切感じていないみたいな潔さが、強さと美しさを感じさせる。
そうやって生きていると、時代の風向きが変わっても
軽々と乗りこなし、さらには新しい風や大きな波までも生み出していけるのだろう。
あゆがガングロから美白へと、時代をガラリと変えたように。
唯一無二の『 わたし 』
これまでの私はというと、コンプレックスは隠すべきものと思っていた。
そして、そのコンプレックスにより、なんだかよく分からない負い目をがっつりと感じてしまっていた。
でも間違ってた!!
それも個性に変えていく。
コンプレックスは隠すべきものではなく、むしろ活かすくらいで良い。
誰かに似てるって、褒め言葉ではないのかもしれない。
だって私は私だから。
なんなら向こうが私に似てるのだ。
自分 なめんなよ、私。
「誰とも違う」ことがその人を光らせる
外見で見たときの長所も短所も、それはもはや同じだ。
自分にとっての長所は誰かにとっての短所となり得るし、
自分にとっての短所は誰かにとっての長所にだってなり得る。
なんだか呪文みたいに聞こえるけど。
短所すらチャーミングに見せる潔さを身に付けたい。
ここぞという時にはメイクやヘアに時間をかけて、自分のポテンシャルを探るのも楽しい。
私、まだまだいける!と。
それも自分に自信を持つための一つの方法。たまには良いよね。
それにしても、改めて
あぁ、あゆって偉大。


